Cherry Audio社が新たなソフトウェアインストゥルメント「Polymode」をリリースしました。世界初のポリフォニックシンセサイザー(になるんでしょうか?)でもあるMoog社「ポリモーグ」のエミュレーションです。
オリジナル機の登場は1975年。うーん45年以上前かぁ。まさにレジェンドですが、スペックを見るとヴェロシティつきの全鍵ポリフォニックなので71音ポリ! で、1VCFってことは、実はパラフォニックですね。オシレーター部も電子オルガンに近い感じだと思われます。
71(×2オシレーター)の発音に対して1VCFですから、フィルターエンベロープを強めにかけてポリフォニックで弾きまくったりすると、打鍵のたびにリトリガーされておかしな感じになります。が、逆にそれが、この機種の「味」にもなっているような雰囲気です(動画ではそのへんの特性をうまく使って演奏してますね)。パッドも良い音してます。
で、Cherry Audio社の「Polymode」は、31音ポリ。もともとは「Voltage Modular」用にラインナップされていたモジュールのスタンドアローン版(およびプラグイン)になります。
なお、オリジナル機ではスライダーで音づくりできる音源部に加え、ストリングやピアノなどのいわゆる「プリセット音色」も搭載されています。
もちろん「Polymode」でも、それらはファクトリープリセットとして再現されています。が、1から9までのそれっぽい青いボタンは、実はプリセット音色のセレクトボタンとしては機能してません。これについては後述します。
ちなみに、こちらは「Voltage Modular」版。
音源部分はどちらも同じような構成ですが、スタンドアローン版は複数のエフェクターと2基のモジュレーターが強化ポイントになっています。
かわりに「Voltage Modular」版は、そのほとんどのパラメーターにパッチポイントが設けられています。いわゆるセミモジュラー形式ですね。それぞれの用途の違いがよくわかります。
音づくりについて
音づくりの基本的な部分は、実機を踏襲しています。で、当時のアナログシンセサイザーというと、オシレータの波形をフィルターで削っていく減算タイプが主流なわけですが、本機はどちらかというと「音を混ぜ合わせる」機能に重点が置かれています。
それを行なうのが「MASTER GAIN」セクションです。
いちばん右の「VCF」は文字通り、オシレーター波形(「RANK1」「RANK2」)をVCFに通した音のミックスです。いわゆる当時のノーマルなシンセサイザーサウンドになります。
対していちばん左の「DIR」からは、フィルター回路を通さない素のオシレーターサウンドを取り出せます。
で、「RES」なんですが、こちらはレゾネーターを通したサウンド。
レゾネーターは物理音源モデリングのシンセなんかでよく使われてますが、特定の周波数領域を強調して音を特徴づけるフィルターというか、楽器はそれぞれ固有のフォルマントピークを持っているので、それをエミュレートしてサウンドを寄せていくモジュールというか、まぁむずかしく考えず3バンドのイコライザーくらいに思って使えば良いでしょうか。
「Polymode」のレゾネーターは「LOW」「MED」「HIGH」の3つの帯域が調整可能で、フィルターモードもハイパス、ローパス、バンドパス、ノッチと充実しています。ちなみに「CF」はカットオフフリケンシー、「EMPH」はエンファシス、つまりレゾナンスです。
最後に「MODE」ですが、これがちょっと変わっていて、「MODE FILTERS」と呼ばれるフィルターを通したサウンドになります。
ここで登場するのが、例の青いセレクトボタン群。一見、プリセット音色の選択ボタンにも見えますが、あながち間違ってはいません。ただし、選択するのはフィルターの種類です。
これは実機「ポリモーグ」の話になりますが、スライダーのVCFセクションとは別に、なんとプセット専用のフィルター回路を持っています。「Prophet-5」以前の機種になるのでコンピュータ制御のROMなぞ搭載しているわけもなく、固定回路の切り替えで音色選択を実現していたわけですね。かなりな力技です。
で、この「MODE FILTERS」ですが、そのプリセット用に用意されたフィルター回路の切り替えボタンにあたります。つまり「MODE」スライダーが調節するのは、オシレータ波形をプリセット音色用のフィルターに通したサウンドの音量なわけです。実機の「MODE」スライダーも同様な仕様です。
ということで「ポリモーグ」を仕様的に定義するなら、「パラレルに接続された複数のフィルターにオシレーター波形を通して、出てきたサウンドをミックスして音づくりするシンセサイザー」という感じになるでしょうか。
つまり、この「MASTER GAIN」セクションこそが、「ポリモーグ」の音づくりの肝になるわけですね。
なお「Polymode」のマニュアルによれば、「MODE」フィルターはエンベロープやLFOからのモジュレーションは省略されているとのこと(やはり実機も同様です)。パラフォニックのプリセット音色としては、たしかにそちらの方が理にかなっているかもしれません。
強化されたモジュレーション
さて、肝心の本ソフトウェアの音色ですが……うーん、最近の尖ったソフトシンセの音に慣れてしまった耳には、めっちゃ素朴な印象。過去の名盤でもよく使われている機材ですし、プリセット音もさぞかしすごいんだろうなと期待していると、ちょっと肩透かしを喰らう感じです。
が、本ソフトウェアで強化されているパートに触ってみると、また少し印象が変わります。
注目は、スライダーの下にずらりと並んだノブでしょう。
これ全部、モジュレーションのアマウントになります。プラス/マイナス両方向にパラメーターを振れるバイポーラー仕様ですね。
ふつう、こういうのはマトリクスモジュレーションになるんですが、豪快につまみが並ぶその雄姿!というか心意気!というか「シンセはモジュレーションかけてなんぼでしょ!」な精神にワクワクさせられます。ちまちまタブを切り替える必要もなく操作性もすこぶる良いし、なかなか優秀なデザインだと思います(こちらも力技ですが)。
きれいに並んだ「MOD SRC」ボタンも、すべて同仕様。ボタンをクリックするとプルダウンメニューが表示され、パラメーターにアサイン可能なモジュレーションソースを選択できます。
ソースには、それぞれ2個ずつ用意されたモジュレーターとエンベロープに加え、オシレーター波形には存在しない「White Noise」に「Pink Noise」まであります。ほんと、カットオフに軽くピンクノイズ乗せたりするだけで、なんともいえないジワるサウンドが、簡単操作で出来あがります。
新設されたモジュレーターは1、2とも同仕様で、ディレイつき。モジュレーションホイールもアサイン可能です。
また、プラグインで使う場合は「SYNC」ボタンをオンで、ホストのテンポにも同期できます。見た目はレトロですが、抑えるところはきっちり抑えた仕上がりですね。
器用さはないけど…
本ソフトウェアでは、エッジの効いたリード音は出せません。ゴリゴリのシンセベースもつくれません。時間と共に複雑に変化していくドローン系のサウンドも無理です。
が、各種フィルターとモジュレーションを組み合わせて、ちょいちょいとスライダーをいじっているだけで、なかなか味のある風変わりなサウンドが簡単に出てきます。器用さはないですが、これはこれでアリなシンセなんではないでしょうか。個人的にはかなり気に入りました。パッド系の音に軽くひとひねり欲しい、なんて場合にも向いています。
例によってCherry Audioのアカウントを持っていれば、30日の試用期間もあります。まずは気軽にダウンロードして、試してみるのはいかがでしょうか?